メンバー紹介

テクノオタクが集結したUNIT TECHNO FREAK

 

有坂尚純 (坂本龍一役)
1965年生まれ 栃木県出身 横浜市在住

担当 シンセサイザー

中学3年の時に親に買ってもらったラジカセのFMから偶然聴こえて来た「テクノポリス」の第3メロディとベースラインに衝撃を受けYMOの洗礼を受ける。更に友達の平山くんから借りた「パブリックプレッシャー」の「東風」と「The End Of Asia」のシンセソロを聴き完全にノックアウトされる。ちなみに、独学でエレクトーンを弾いており、キーボードはギターに比べ地味でダサいと思っていたが、YMOの登場でそのステータスは一気に上がり狂喜する。また、中高校時代の不安定で危険な時期をUT、MASSなど収録されたBGMを聴き乗り越える。以後、坂本龍一の音楽のみならず容姿、思想、趣味などの全てに影響を受けてアラフィフの今までカリスマとして崇める。大学へは音楽をやる時間を確保するために進学してひたすら音楽に傾倒。社会人になってからもYMOサウンドを追求し続け、コンピュータ音楽を始めるべく1996年にApple PerformaでDAWシーケンスソフトのLOGICを導入。オリジナルシンフォニーを制作する傍らYMOサウンドは続ける。その後、断続的にYMOの音楽を追求する中、2018年にネットでYMOコピーバンドのメンバーを募集してUNIT TECHNO FREAKを結成。横浜中山、秋葉原、宇都宮、御徒町などでライブをする。また、一般社団法人 日本音楽技術協会を設立して代表理事に就任。音楽好きのコミュニティ作りも始める。使用機材:Sequential Prophet6、Prophet Rev2、Arp Odyssey×2台、Roland Jd-Xi、Roland JUNO-DS 88など。座右の銘「基本的な才能とは自分は何か出来ると信じること。」(ジョン・レノン)

このアイワのラジカセが有坂の運命を変えた


Kaco(矢野顕子役)

担当 セカンドキーボード

4歳からピアノを始めるもたいして上達しないまま高校生まで漫然とピアノ教室に通い続ける(もちろんコードについては全く習わない)。小学校ではリコーダーの名手となり、高校生の時にコンクールで入賞する(ただしアンサンブル部門)。中学高校では吹奏楽部でトランペットとホルンを担当。大学からダンスにはまり、様々なジャンルのダンスをかじりまくる。15年以上も楽器から完全に遠ざかっていたが、子供の音楽教室の付き添いをしていたところ自分もまた弾きたくなり、たまたま欠員の出たバンドに入ってキーボードを始める。機械やパソコンは苦手で音作りへのこだわりはあまりない(注:全くテクノオタクではありません)。中学からサザンオールスターズばかり聴いていたため、なんと今年になるまでYMOの存在すら知らず、5月のライブは観客として聴きに行く予定だったが、音は作っておくし片手でコード弾くだけで大丈夫だからとリーダーに言われいつの間にかサポートとして演奏することに。衣装まで用意されることに驚きながらももともとドレス好きなため喜んで着る(笑)。ホルンとフラメンコの経験が裏打ちのバッキング奏法に役立っていると実感している今日この頃。


黒崎サトシ(渡辺香津美役)

栃木県在住

担当 ギター

3人の子供のうち下の2人(双子)が今年成人式を終え、子育てが終了。このため最近はよくギターを弾いている。好きなギタリストはバリーフィナティ、渡辺香津美など。若手では菰口雄矢、國田大輔など。最近の若手のテクニックはあまりにも驚異的で、全くついて行けていない。今年還暦を迎え定年となるが、ミュージシャンへの転向は考えていない。(当然だが)


野島崇 (細野晴臣役)

1968年生まれ 兵庫県出身 横浜市在住

担当 シンセサイザー・ベース

小学6年の時にお年玉などを貯めて買ったラジカセの、FMラジオで流れた「テクノポリス」に衝撃を受け、以降ほぼYMOのみを聴き続ける。中学1年の時、サッカー部の先輩にシンセサイザーという機材があることの啓示を受けてから、その原理や音作りに傾倒。その結果、理系男子となり大学の数学科を経て、サラリーマンに。勤務先では、YNOと名乗り、宴会の余興などで独りライブ多数実演する。2018年、東風のベースをやりたいためだけに、ベースを始める。同年、ネット経由でUTF加入、ついでにリーダーの情熱に共感し、一般社団法人日本音楽技術協会の設立に関与、理事に就任。現在の主な機材は、Sequential Prophet6、Arp Odyssey by korg、Roland VP550、TR 8、ULT-SOUNDS DS4、ベースギターは、スティングレイの初心者用。

信念:バカなことでも、他人に迷惑かけず、面白ければ、やってみる


川崎博之(高橋幸宏役)

1967年 横浜市出身 大和市在住

担当 ドラムス

小学6年下校時、すれ違ったトラックから流れてきた「ライディーン」を聴いて衝撃を受け、それ以来、YMO一筋。

高校時YMOが散開して聴きたい音楽がなくなりシンセを買い込んで打ち込みで自作に励む。しかし演奏家の夢は捨てきれず、ギター・ベースを購入するが元来の飽きっぽい性格により、全く身につかず、日夜、仕事、酒、ゴルフの毎日を送る。50歳になり人生で何かやり残してることはないか自問自答し、一発奮起、ドラムを始めUTF創設メンバーとなる。だが、あまりの技術的格差に絶望し一時脱退するも、「熱いドラムの師」に出会い手練れ揃いのUTF復帰を決意、日々「テクニックプレッシャー」と闘っている。機材 はスティック2本。信条は芦田愛菜ちゃんの信条でもある王貞治の格言「努力は必ず報われる。報われない努力があるとすれば、それはまだ努力とは言えない。」好きなミュージシャンは細野晴臣。


滝沢一樹 (松武秀樹役)

担当 コンピュータ・マニピュレータ

「COSMIC SURFIN'」がラジオ番組のテーマ曲に使われているのをYMOとは知らずに聞いたのが初の出会い。その後の、「テクノポリス」「ライディーン」のブームでしっかりと認知。フジテレビ特番の武道館公演を観て衝撃を受ける。ベスト的な『X∞MULTIPLIES』(スネークマンショー収録ではない方)購入が初YMOで、そこから全アルバムを揃えていく。間もなくしてYMOは解散してしまうが、各人ソロや周辺アーティストを追いかける。大学では音楽サークルに加入、そこでリーダーの有坂と出会い、単発の企画ではあったがYMOのコピーユニットを組んで演奏する。その後、女性Voのテクノポップバンドを主宰、インディーズからのCD発売・TVKへの出演などを果たす。社会人となってからは、さまざまなユニットの主宰やバンドのサポートKb、自主制作映画の劇伴・イベントのBGM・ラジオ番組テーマ曲などの作品制作を多数おこなう。2018年、有坂と劇的に再会、翌年にUTFへ参加。使用機材:Roland JUPITER-6、D-50、XV-5080  KORG KRONOS X61、Polysix  AKAI S1100 ほか


黒羽広樹 1998年生まれ 東京都府中市出身 町田市在住

担当 エレクトリックベース シンセベース

小学5年生の時に、家のCDラックの裏側から出てきた1stのUS版のジャケ画に興味を持ち流してみたところ、今までに聞いたことのない異質なサウンドと無国籍感に惹かれる。中学時代はその流れで坂本龍一の音楽をよく聴いていた。その後一旦YMOから離れるも、高校3年の時にはっぴいえんどに出会った。そこから細野晴臣関連の音楽を追い始め、同時にエレキベースも始めた。そこで、またYMOと再会することとなる。UTFでは細野晴臣に倣い、プレアーニーのミュージックマンスティングレイで主に親指弾きで演奏している。但し、弦はフラットワウンドである。


谷戸士人 1984年生まれ 東京都出身 神奈川県在住

中学1年の時に、父親のカセットテープを漁っていて、FUJIカセットのYMOを見つける。(両親は洋楽ロック派)聴いてみたところ衝撃を受けどハマりする。

折しもYMO結成20周年で沸いていた頃であり、アルファレコードの紙ジャケCDを揃える。中学3年になり、高中正義の影響で親にギターをせがむが、定期テストで親が提示した順位に入ることができず、お小遣いで手が届くドラムスティックを買う→軽音楽部に入る。ドラムを始めた頃はYMOばかり練習する。

中高一貫校だったためそのまま高校まで軽音楽部だったが、浜崎あゆみやE.L.Tをやっていた。高校でCASIOPEAを知り、本格的にフュージョンに傾倒する。

大学に入り、フュージョンができると聞きジャズ研に入るが、4ビートジャズばかりだったためにすぐ辞める。自分で調べ他大学のフュージョンサークルに入る。フュージョン漬けのストイックな日々を送る。そのサークルではYMO好きは数人いたが、機材の関係などで、YMOをコピーすることはできなかった。就職を機にバンド活動は全然出来なくなった一方、DTMに手を出した。結婚を機にDTMも全然やらなくなってしまった。

結婚式2次会で、フュージョンサークルのメンバーを集め、David Sanborn、Marcus Miller、Candy Dulferの曲を演奏する。それ以来ずっとバンドがやりたい気持ちが続く。ある日、バンドをやるなら昔からやりたかったYMOがやりたいと思い立つ。そこでインターネットで「YMO ドラム募集」と検索したところUTFを発見する。


ゲストミュージシャン

松村裕一(マツムラ ヒロカズ)

1966年生まれ 東京都出身 世田谷区在住

担当 ドラム&パーカッション

高校1年生の時にTOTOのRosannaを聴き、ドラムのJeff Porcaroに憧れてドラムを始める。その当時に組んだバンドのキーボードが持っていたYMOのレコードでPublic PressureのThe End of Asiaを聞いて衝撃を受け、YMOにのめり込む。高校2年生でメンバーを募集してYMOのコピーバンドを結成し、アコーステック&エレキドラムを担当する。数々のYMOの曲を演奏してきた経験を持つ。

大学生の時には、ジャス・フュージョンの分野へのめり込み、カシオペアやスクエア、プリズムなどのコピーバンドを組んでいたが、YMOバンドも継続し、ロックとジャズ・フュージョンのドラムテクニックを取り入れてYMOの曲を演奏し続けた。それ以外にも洋楽や邦楽を問わず、ロック、ジャズ、フュージョン、ポップス、ハードロックと幅広く演奏し、音楽活動を続けている。現在は、高校生の時に夢見たリハーサルスタジオ経営を実現し、高輪、下北沢、自由が丘に3店舗を構えるスタジオベイドのオーナーとなり、自社のライブスタジオがある下北沢と自由が丘でライブ活動も行なっている。

スタジオベイド

http://www.studio-bayd.com


ひさえあきよし 1970年1月24日岐阜市生まれ。

YMOとの出会いは小学校5年生くらいのお盆休み、母の実家に来ていた従兄弟が聞いていたライディーンであった。中学、高校、大学とYMOのみならず洋楽、邦楽問わず幅広く音楽を聞いていた。高校1年の時、不良グループにベースが居ないから弾かないかとキャロルのコピーバンドに誘われたのがきっかけでベースを始める。その後、カシオペア、スクエア、鳴瀬喜博の影響を受け、大学生活はチョッパーベースの猛練習とサークルを通じたバンド活動の生活を過ごす。就職した後、40歳位までは会社と家庭に人生を捧げた。管理職になって時間が出来たので、バンド活動を再開。その後はいくつかバンドを組んで定期的にライブ活動をしていたが、解散したとあるバンドのギターを担当していた黒崎さんの誘いで2018年、UTFに助っ人として参加。現在はT・B・Tや他のバンドでジャズフェスティバル、ライブハウス出演にて活動中。愛用ベースはAtelierZのM#245とMOONのJJ5。余談だが、我が愚妻もテクノフリークである。好きなのは電グル、坂本龍一だが、幅広くテクノは聞くようで、結婚直後、妻の引越し荷物の中にYMO と矢野顕子の全CDを見つけた時は運命を感じた。